華やかな川のほとりでの兄妹日記

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2012-10-10 [ Wed ]
 題名のことを書く前に私にとっての恩人が亡くなりました。水貴の日記にも書いた通り、親戚のお爺さんです。野球が好きで、私に野球を教えてくれました。暇さえあれば私はおじいさんの家を訪ねて、学校のグラウンドに行ってキャッチボールをしていました。また、リトルリーグチーム入団のきっかけも作ってくれました。
 そして兵庫出身の人だから、阪神タイガースのファンであった。今思うと、わたしが阪神ファンになったのはそのおじいさんの影響からかもしれない。
 と、思い出は有り余るが、三か月くらい前にがんが見つかったと思ったら、あれよあれよの間に亡くなった。もともと、体調が悪い事を人に教えずに仕事をしていた人でしたから、気づいた時にはもう後戻りができ無い状態だったのだろう。どうしてこんなに急いだのだろう。今でも信じられない。

 でも、阪神ファンなら少し早すぎたと思う。せめて、あの人の引退試合を見届けてからでも遅くはなかったのだが・・・

 そう、鉄人金本知憲選手の引退試合の二日前だったのだ。


 (以下引用)
 金本、笑顔で引退「ファンに感謝」 2012年10月10日デイリースポーツ

 「阪神3-0DeNA」(9日、甲子園)

 背番号6は、我らの誇りだった。阪神・金本知憲外野手(44)が、21年間の現役生活に別れを告げた。多くの記録を打ち立てた。多くの感動を与えてくれた。弱い虎を常勝チームへと変ぼうさせたアニキ。骨折しても試合に出続け、ヒットを打つアニキ。子どものような笑い顔で、周囲を安心させるアニキ。みんなが愛したアニキが、ユニホームを脱いだ。

 主役を待つ声が響く。「4番・レフト、金本」‐。場内アナウンスに続いて、金本が駆け足でマウンドに立った。一言、一言、ゆっくりと言葉を紡ぐ。伝えたかったのは感謝の気持ちと、夢を託す後輩への希望。スピーチを終えると、ナインの輪に加わった。背番号と同じく6回。金本は高く、誇らしく宙を舞った。

 「ファンの皆さまに一言。本当に、夢をありがとうございました。野球というスポーツ、そして野球の神様…。ありがとうございました」

 最後まで真剣勝負にこだわった。1521打点で、歴代7位の長嶋茂雄氏に1と迫った一戦。グラウンドに立てば、記録を忘れて無我夢中で駆け回った。六回。三浦の140キロ直球を中前に運んだ。通算2539本目の安打で出塁。続く新井の打席で初球にスタートを切った。「塁に出たら初球から走るよ」。試合前に宣言した通りだった。

 通算167個。44歳6カ月での盗塁で、自身の持つセ・リーグ最年長記録を更新した。「最後はホームランが打ちたかったんですけど。まあ盗塁で勘弁して下さい」。広島在籍時の00年に3割、30本、30盗塁で、史上7人目のトリプルスリーを達成した。走攻守すべてにこだわってきた野球人生。最後まで「金本知憲」を貫いた。

 「信念を 貫く 強い気持ち」。21年間の現役生活を支えた言葉だった。プロ3年目の春季キャンプ最終日。1軍に呼ばれた。そのままオープン戦初戦、松山遠征に帯同したが、試合前のノック中に右足をねんざ。再び2軍行きが決まった。「ここでケガするヤツはそれまでの選手だ!それ以上を求めても仕方ないわ」。三村監督は怒った。そして、続けた。

 「もう一回チャンスやるから、早く治してこい」。ベンチへ下がると、涙が止まらなくなった。指揮官の言葉がうれしかった。だが、それ以上に悔しかった。「ケガはケガだと言わなければ、ケガじゃない」。休まない‐と心に誓った。左膝の半月板損傷で出場。死球で左手首の軟骨を損傷しながら、右手1本でも打席に立った。1492試合フルイニング出場。信念は世界記録に達した。

 だが、2010年3月。味方選手と激突して右肩を強打した。「右肩棘(きょく)上筋断裂」。重症だった。「ケガした人に夢を与えられる存在になりたい」。手術を拒み、懸命なリハビリを続けた。一度として、人前で悲愴(そう)な顔は見せなかった。それでも両膝に加えて首に腰、今年は左肘の激痛に悩まされていた。原因不明の痛みだった。

 握力は一時、20キロ前後まで低下した。低い弾道のまま伸びる打球。金本の飛距離を支えたのが左腕の「押し込み」だ。バットに塗られた青い塗料。好調時は革手袋を越えて手につき、洗っても塗料が取れない。だが、左手には付かなくなっていた。強い気持ちで痛みと闘ってきた。人は「鉄人」と呼ぶ。それでも44歳の体は限界だった。

 最後はウイニングボールを捕球。劇的な幕切れだが、金本は豪快に笑い飛ばした。「男が泣くのは一度でええんよ」。グラウンドを一周すると左打席に花束を置いた。「日本一をここで達成したかった。悔いと心残りは後輩たちに託すことにします」。笑顔で別れを告げる。ありがとう、タイガース。夢を追い、夢に生きた21年。甲子園は忘れはしない。鉄人が残した数々の奇跡と、感動を‐。

 (引用終わり)

 最後まで限界に挑戦した鉄人。フルイニング出場の連続記録を打ち立てたプロ野球選手。この人が来なかったら今でも阪神は「ダメ虎」のままだったでしょうね。一時代を気づいた選手の引退は非常に物悲しいことです。もう私が甲子園に行っても「金本」の名前が電光掲示板に写ることはない。一度でいいから甲子園での金本選手のホームラン見たかったです。


 さて、時は絶えず流れゆく。後戻りもないし停止もない。だからこそ前に進んでいくしかない。

                                 蒼流
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プロフィール

華川兄妹

Author:華川兄妹
絵左
兄・華川蒼流(かがわ・そうる)

社会人1年生・工学部建設学科土木課程卒業・23歳
(予備校在籍経験あり)

〔趣味〕
スキー、魚釣り、音楽鑑賞

[仕事]
東京での4年間の学生生活を経て地元に帰還。
現在はサラリーマン。

[コメント]
社会人二なりました。今年度もよろしくお願いします。ブログ友達歓迎です。

絵右
妹・華川みずき(かがわ・みずき)
理学部卒業、大学院理学専攻修士課程在学中
〔趣味〕
音楽鑑賞、バンド(ピアノ、ギター担当です)、吹奏楽
〔改名歴〕
華川泉水(いずみ)
(2007.04.01~2008.12.31)
華川水音(みおん)
(2009.01.01~2011.03.09)
華川水貴(みずき)
(2011.03.10~2013.02.12)
華川みずき(みずき)
(2013.02.13~)

〔コメント〕
こんにちは。就活や大学院の卒業準備など社会の荒波にもまれています。こんな私は自分の進路を決めることができるのでしょうか。更新したら気軽にコメントを残していったり、バトンを回してくれたら嬉しいです。皆さん、よろしくお願いします☆彡

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